私は天使なんかじゃない






レベルアップ





  レベルがカンストしている者には勝てない?
  必ずしもそうとは言い切れない。
  弱ければ足掻け。

  その伸び代は未知数だ。





  不気味な食堂を後にした俺とベンジーはバイクで旧ユニオンテンプル本部に向かう。ケリィのおっさんとMr.クロウリーは徒歩で後から来る手筈になってる。
  そこにストレンジャーの1人がいるらしい。
  本隊に召集を受けた、キャピタル支隊のメンバーがいる、とのことだ。
  目的?
  そいつからストレンジャー本隊の居場所を聞き出すこと。
  決着をつけること。
  それだけだ。
  俺様の舎弟を斬った礼をしなきゃならねぇ。
  それがワルとしての、トンネルスネークのボスとしての俺のケジメだ。
  「ボス」
  2ケツしているベンジーが耳元で囁く。
  囁くな。
  鳥肌立つだろ、ちけぇんだよ。
  「何だよ」
  「あれ見ろ」
  指差す。
  その方向にはハンティングライフルを手にした連中に追われている、みすぼらしい恰好をした人々。追っている方はスカベンジャーぽいな、数は5人。追われている方はぼろぼろの衣服
  を着ている。武器らしい武器を持っていないようだが、木で吊るした化け物を運んでいる。何だありゃ?
  「ヤオ・グアイだな、あれ」
  「ああ」
  ベンジーの言葉に俺は頷く。
  ミュータント化した熊だ。
  前にベンジーがメガトンの食料調達の依頼で狩ってきた化け物熊だ。見た目は化け物だが味は美味かった。肉にちょっと臭みがあったけどな。調理方法のせいなのか?
  まあいい。
  俺はハンドルを切る。
  厄介の方に。
  「行くぜベンジー」
  「おうよ」
  アクセル全開。
  エンジンは限界まで叫ぶ。
  ハンティングライフルを持って追ってた連中、そして追われている者たちもこちらを見る。そりゃそうだ。これだけ吹かせば誰だって注目する。
  バイク運転しながら銃撃……といけばイカすんだろうけどな、俺はそこまで運転に熟知しているわけでも射撃が上手いわけでもない。
  運転に専念する。
  ベンジーが後ろでショットガンを構えた。器用な奴だ、両足だけでバイクにしがみ付いている、微動だにしない。
  さすがだぜ。

  「バルザック、どうするっ!」
  「あいつらも取引の肉にしちまえっ!」

  決定。
  あいつら敵だ。
  あのハンティングライフルの連中は疑うまでもなく、敵だ。
  しかし向こうが撃つよりも早くベンジーのショットガンが火を噴いた。弾丸を装填、撃つ、弾丸を装填、撃つ、そして敵は弾け飛んでミンチとなる。

  「くそっ!」

  バルザックと呼ばれた黒い縮れ毛のむさいおっさんは仲間だった肉塊をその場に放置して逃げて行った。
  追おうかとも思ったが本筋とは違う。
  わりとメタボチックだった風貌にも拘らずバルザックの逃げ足は速い。ベンジーはショットガンの照準を奴の背中に合わせて撃つものの……。
  「ちっ」
  カチ。
  弾丸は発射されず。
  弾切れだ。
  ……。
  ……何て間の悪い。
  このショットガンは元々ケリィのおっさんにベンジーが借りたもので、そこまで予備の弾丸を持っているわけではない。
  段数は0だ。
  バルザックは遠ざかる。
  「ボス、厄介だな」
  「まあな」
  「つまり、あれは後々の展開に関わってくる敵ってわけだ。登場人物確保に余念がないよな、この世界の神もよ」
  「はっ?」
  何言ってんだ、こいつ。
  謎の発言だ。
  まあいい。
  「じゃあ追うか?」
  「いや、ボス、そこまでしなくてもいいだろう。ガソリンの予備もあるわけじゃないし、弾丸も心許ない。余計な戦いは抜きにしよう」
  「だな」
  追撃中止。
  ベンジーは空になったショットガンを背負った。
  これで俺たちの武器は、俺の2丁の9oピストル、ベンジーの腰の10oピストルだけだ。まあ、俺は護身用にスイッチブレード、ベンジーはトレンチナイフがあるけどな。いずれにしても
  軽装だな。大量の武器を積載していた(主にケリィのおっさんの私物だが)パトカーがストレンジャーに粉砕された。余計な武装はない。温存しなきゃな。
  ベンジーは落ちているハンティングライフルを拾う。
  それを右手で持ち、左手で持ち直し、それからまた右手で持った。
  構えて撃つ。

  ばぁん。

  「気が変わった」
  逃げて行ったバルザックとか呼ばれていた奴がひっくり返った。
  豆粒みたいに小さい。
  逃げ足の速い敵を射抜くその技量は目を見張るものがある。
  よく当たるな。
  すげぇ。
  「余計な厄介は駆逐するに限る」
  「軍曹に敬礼」
  「ははは、ボス、よせよ」
  「ところでお前ら大丈夫か」
  バイクに跨ったまま、空ぶかしのまま俺は言った。
  ぼろぼろの衣服の連中はこちらを怯えてながら見ていた。数は8人。
  打ち解けるにはどうしたらいいかな。
  完全に委縮してる。
  まあ、無理もないけどな。
  「俺の後ろの奴の目つきが悪いのは勘弁してくれ。生まれつきであってお前らを睨んでるわけじゃねぇ、あれでもお前らに色目使ってるんだ」
  「ぶっ殺すぞボスっ!」
  連中の間で微かな笑いが起こった。
  よしよし。
  これで話しやすくなった。
  「俺はブッチ・デロリア、こいつはベンジー。あんたらは何もんだ? あいつらは?」
  そう言ってから思い出す。
  あー、そうか。
  「さっきのバルザックとかいう奴はグールズか?」
  窃盗団とか聞いてたけどな。
  今更ながらだが、あいつら俺たちを取引用の肉とか言ってたような。
  何だそれ怖い。
  ぼろぼろの服を着た1人が、煤まみれの顔の初老にしか見えない男が口を開いた。もしかしたら若いのかもしれんが、煤が酷過ぎて老人に見える。
  「私はアンソニー・ビーンと言います」
  若いな。
  声は若い。俺よりも少し上ぐらいか?
  少なくとも老人ではない、若い。
  「よおアンソニー、よろしくな。あいつらがグールズなのか?」
  「それは多分我々のことです」
  「はっ?」
  ベンジーが物言わずにハンティングライフルアンソニーに向けて構えた。
  連中はざわめく。
  だがアンソニーは顔色を変えずに俺の目を見ている。
  悪人には見えないが……。
  「お前らがグールズ? 窃盗とかしてるのか?」
  「まあ、そうです」
  「レイダーかよ」
  「生きる為にですよ。確かにレイダーと言われればそうかもですけど、連中のように人生を茶化してはないですよ」
  「……」
  確かにこの辺は荒野だ。
  メガトン近辺とは訳が違う。あの辺りなら街道に警備兵がいるし、だからこそ旅人も多い。人に接する機会はたくさんある。だがこの近辺は孤立無援に見える。
  「だけど、一応、弁解を。私はあくまで料理人ですので」
  「はあ?」
  「この人たちに雇われてるんですよ。何というか……サバイバルな料理ってやつです。限られた食材で料理してるんですよ」
  「人でか?」
  そう言ったのはベンジーだった。
  胡散臭そうにアンソニーを見ている。
  気持ちは分かる。
  dead endの記憶は新しい。というか1時間も経ってない。危うく特製ミートパイにされるところだった。
  「人を食材に使うのは近くの料理屋ですよ」
  さっきの店のことだろう。
  「あそこの連中は客を料理するんですよ」
  「知ってるぜ」
  「行ったんですか?」
  「ぶっ潰してきた」
  「それはすごいっ! 本当にすごいっ!」
  称賛しているようだ。
  グールズの面々も安堵しているようだ。
  「さっきの連中は何だ?」
  「あいつらは人狩り師団です」
  「人狩り師団?」
  何だそりゃ。
  「言葉のまんまですよ。人間を狩るんです。それでその肉を売るんですよ。近くの料理屋にも売ってるはずですよ。まあ、レイダーですね。結構な規模だと思います。詳しくは知りませんけど」
  「ふぅん」
  物騒な連中もいたもんだぜ。
  人狩り師団ねぇ。
  ……。
  ……師団かよ、構成員は結構な数いるんじゃねぇか?
  嫌だなぁ。
  気が滅入るぜ。
  ベンジーがため息交じりにアンソニーに言った。
  「それで、結局、お前らは何なんだ」
  「私は料理人です。それだけです。行き場が特にないですしご厄介になってるなんですよ、この人たちの。見てください、ヤオ・グアイ。罠にかかったのを調理するんですよ、私がね」
  「……」
  「ただ、まあ、私もグールズのようなものです。一緒にいるから、ではなく、何というか……生きる為に悪さもしてきましたので」
  「……」
  この状況で会った奴らを信用できるか?
  微妙なところだ。
  不気味な食堂の後だしな。
  ただ、敵意というものは感じない。
  何でも屋のジョーが言ってた、あの近辺が物騒的な発言は、おそらく人狩り師団とあの食堂の所為だろう。旅人が犠牲になる云々は連中の所為だろう。とはいえこいつらを信用できるか?
  少なくとも窃盗を否定していない。
  窃盗団だ。
  油断して身ぐるみはがされるのは御免蒙りたい。
  アンソニーはにこにこしている。
  こちらの疑念に気付いていないのか、気付いた上で演じているのか。
  「是非おいで下さいよ、助けてもらいましたし」
  「悪いが俺たちは急ぐ……」
  「来てくれたら私たちの指導者の廃墟の王も喜んでくれます」
  「廃墟の王?」
  「最近私たちの住処に現われたスーパーミュータントですよ。ああ、いえ、スーパーミュータントですけど理性的な方です。ミンチって名前なんですけど……」
  「ミンチっ!」
  ストレンジャーっ!



  「ここですよ、ここ」
  「そうか」
  30分後。
  俺とベンジーはアンソニーたちに連れられて旧ユニオンテンプル本部へと到着。
  半ば崩壊した雑居ビルだ。
  若干打ち解けたのか饒舌となったアンソニーたちはミンチこと廃墟の王を口々に褒めている。こいつらはストレンジャーの手下かと思ったのだが……どうも違うようだ?
  ベンジーは警戒を解いていない。
  アンソニーたちが言うにはキャピタル・ウェイストランドが安定して来たのでどっかの穴蔵から這い出してきたのだが、安定した生活には程遠く、窃盗団紛いのことをしていたらしい。アンソニー
  も自称料理人だが、流れの料理人が生きるには過酷過ぎる。出自こそ違うものの結局はグールズと同じ穴のムジナ、のようだ。
  身包み全てを剥がない(野垂死はしないだろうという逃げ道を作っていた)にしてもレイダー同然の生活。
  そんな時にミンチが現れたらしい。
  何だか知らないがストレンジャーのスーパーミュータントはグールズを庇護、連中の王様となった、ようだ。
  ……。
  ……何故に?
  よく分からん。
  善人になりたかったのか?
  何だかよく分からんがそれが本隊からの招集を無視している理由なのかもしれないな。
  「ところで」
  「ん?」
  「先ほどから気になってたんですけどPIPBOYですよね? ボルトの方なんですか?」
  期待に満ちた顔。
  あー。
  なるほどね。
  外に這い出てから何度も言われてきた。聞かれる前に答える。
  「赤毛の冒険者と同郷だよ」
  「あー、やっぱりっ!」
  この反応は飽きた。
  優等生、どんだけ有名人なんだ?
  まあ、分からんではない。
  キャピタル・ウェイストランドに期待と希望を与え、悪党を蹴散らし、BOSですらビビるあのエンクレイブを撃退した女。
  有名人だな。
  ベンジーが首をかしげながら呟いた。
  「ボス、何度か旅しててそこらから聞いたが誰だそりゃ?」
  「気にすんな。お前は会ったことねぇよ」
  たぶんな。
  全面的に信じてるわけではないが、ベンジーは全面核戦争前のアメリカから宇宙人にさらわれて、氷詰めにされてたらしいからな。解凍されて送還されたのは最近だ。会ったことないだろ。
  ただアンソニーはエキサイトしてる。
  「実は何度か会ったことあるんですよね、私。助けられたんです」
  「へー」
  人助けした際に助けられたようだ。
  俺は知らんけど。


 「た、助けてくれーっ!」

  廃墟のビルから1人が飛び出してくる。
  ぼろぼろの衣服は血まみれだ。
  慌てて駆け寄る。
  「どうしたっ!」
  こいつの血じゃない。
  返り血だ。
  「へ、変な奴が襲撃してきて仲間が……っ!」
  「ちっ」
  舌打ち交じりに俺は廃墟に飛び込む。
  9oピストルは既に抜いている。
  変な奴、さっきの人狩り師団の仲間か、ストレンジャーが招集に応じないミンチに腹立てて襲来したのか、それとも……。
  2丁構えながら廃墟内を進む。
  俺の後ろをカバーするようにベンジーが10oピストルを片手に付いてくる。
  アンソニーたちは続かない。
  それでいい。
  連中の立ち位置が不明だから同行されると疑心暗鬼が生まれちまう。少なくとも背後を任せたり同道したいとは思わない。
  廃墟1階、特に何もなし。
  肩を寄せ合って震えている粗末な衣服の者たち、こいつらもグールズだろう、そんな連中がいるだけだ。こちらに対して何もしてこない。ただ震えている。レイダーというよりは難民だな。もちろん
  窃盗をしている、つまりは旅人襲って巻き上げているのだろうが、レイダーのような印象は受けない。見掛け、第一印象の所為だろう。意味は同じなんだが不思議なもんだ。
  今はそれはどうでもいいし俺がそれを責めれる立場でもない。
  1階から2階に上がる。
  そこには切り裂かれた死体がいくつか転がっている。
  刀だ。
  刀での切り口だ。
  この鋭さは聖なる光修道院前で見たものだ。ストレンジャーたちの死体に刻まれた傷と一致する。
  死体たちはそれぞれ武器を持っている。
  武器は色々だ。木の棒だったり包丁だったり銃だったり。
  2階のグールズは侵入者に対して戦いを挑み、返り討ちにあったのだろう。
  3階に上がる。

  「……ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
  「デカブツが」

  ドシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンと音を立ててスーパーミュータントは倒れた。
  3階は天井がない。
  あるのは空。
  屋上というわけではなく屋根が完全に崩壊した後のようだ。壁の高さから推察すると、そういうことなんだろう。
  スーパーミュータントは空を見ている。
  光を失ったその瞳で。
  傍らにはミュータントの得物であろうスレッジハンマーが転がっていた。
  「ん? よお、兄貴」
  血刀を肩に担いでトロイはこちらを見た。
  スーパーミュータントはストレンジャーのミンチって奴だろう。アンソニーたちは廃墟の王とか呼んでた。何だってストレンジャーの、しかもスーパーミュータントが貧民たちを庇護していた
  のかが結局分からないままだ。アンクル・レオやフォークスのように良い奴もいる。だがミンチは元々悪党だ。庇護していた理由は謎だ。
  だがそこはどうでもいい。
  ミンチを斬ったことに関しては俺は何も言わない。
  グールズにとっては善人でもストレンジャーとして行動していたのは事実だからだ。
  過去を清算してやり直してた?
  違う。
  それは違う。
  悪事を働くということは、つまりはいつまでもそれが付きまとうってことだ。
  ミンチ自身がやってきたことに対しての報いだ。
  問題は……。
  「トロイ」
  「何だよ、兄貴」
  「どうしてグールズを殺した?」
  「はあ?」
  「本当に殺す必要があったのか? そこまで悪い奴らには見えなかったぜ」
  「これだから餓鬼は嫌なんだよ。レイダーもどきだぞ? いやレイダーか? 窃盗なら良くて、ストレンジャーは駄目か? 犯罪は犯罪だ。まあ、だが良かったな、この世界に国家の
  法律はない。身びいきで犯罪の良し悪しを判断できる。窃盗だけとはいえ、奪われた奴らは死ぬ可能性もあるんだぞ、悪党だろう、どう考えても」
  「なるほどな」
  否定はできない。
  弱者の格好をしているから同情しているだけで、やっていることはレイダーと大差ない。
  だがそこはどうでもいい。
  今はな。
  「トロイ、お前はどうなんだ」
  「フリーダムな世界だぜ? 俺ら善玉、俺ら以外は悪党、それじゃ駄目か? その方がシンプルじゃないか? ……駄目そうだな。だがどうでもいい。俺の目的はストレンジャーへの復讐だけだ」
  「その為にグールズも殺したのか?」
  「邪魔して来たんだよ。そこのデカブツを崇拝してたんだな。どの道こいつらの王を殺すんだ、敵対はやむなしだろ。黙って引っ込んでいるわけないし、実際にそうだったんだからな」
  「トロイ」
  「うぜぇ」
  俺は構えていないがベンジーはトロイにロックオンしている。
  トロイはそれを見て鼻で笑った。
  「何しに来たんだよ。俺を説得に来たのか? さすがは兄貴だ、愛しているぜ」
  「自惚れんな。ストレンジャーの行方探しだ」
  「ああ、なるほど。探索の首尾はどんな感じだい? 俺は連中の向かった先が分かったぜ。このデカブツの首を切り裂く前に聞いたからな」
  「どこだ」
  「言うと思うか?」
  そういえばED-Eがいない。
  あいつはメガトンを出て行ってしまったが、トロイとは合流できなかったのか。
  「じゃあな」
  「待て」
  「……何だよ。悪いがお前のギャング団ごっこに付き合っているほど暇じゃないんだ」
  「お前本当にトロイなのか?」
  難しいとこだ。
  全く別人だ。
  「俺はトロイだよ。誰だと思ってる? 大統領か? 神か?」
  「今までの奴は」
  「あれは俺を騙ってた偽者だ……と言えば、盛り上がるか? あいにくだが盛り上げる気はない。あれもトロイだ。だが、まあ、盛り上げてやるか、俺らはどちらもトロイであってトロイじゃねぇ」
  「どういうことだ?」
  「ディバイドって知ってるか?」
  「ディバイド……」
  「ああ、愚問だった、ボルトの餓鬼が知るわけないか。西海岸にあった街だ、俺が作った街だ、この間のストレンジャー戦である程度語ったろ? 勝手に繋げて想像してニヤニヤしてろ。ともかくだ、
  ストレンジャーが誰だか知らん奴の依頼で核をぶっ放して吹き飛ばした。俺は生き延びたが精神が分裂した。主人格がこの間まであんたの側にいたトロイだ」
  「じゃああいつを出せ」
  「そいつは無理だ。奴は自分の無力さを知って主人格を俺と交代した。面会予約でもしろ、そしたら会える。問題は予定が一杯でいつ面会できるかが未定ってとこだ」
  「出せ」
  「相変わらずうぜぇな、お前。じゃあ答えてやる、無理だ」
  「無理?」
  「別に俺も器用に使い分けているわけじゃない。……ああ、いや、あいつは使い分けてたぞ。サイコだよ」
  「サイコ?」
  麻薬だ。
  攻撃性を高める効果がある。もちろんラリる。
  「あいつは臆病、俺は攻撃的、住み分けが出来てるんだよ。サイコ使えば俺が出てくるのさ。もちろん本来はそんなことない。何というか、精神的な儀式のようなものだ。攻撃的な俺を呼び出す
  為のな。エンクレイブ戦でサイコ使おうとしてたろ? 俺を呼び出そうとしてたのさ、あいつは。サイコ切れるまで無敵だったんだぜ? 俺が出てたらもっと楽な展開だったはずだ」
  「確かにあの時使おうとしてたな」
  そういう意味があったのか。
  ベンジーが銃を構えながら厳しい口調で詰問する。
  「シンプルに行こう、ボスの問いに答えろ。ストレンジャーはどこにいる」
  「あんたがどこの軍人かは知らないが良い線してると思うぜ。何だってこんな餓鬼の遊びに付き合う? NCR辺りなら佐官ぐらいは狙えるぞ、あんた」
  「んなことはどうでもいいんだよ、トロイの兄貴は出てくるのか、駄目なのか、はっきりしろ」
  「おお、こわ。臆病になれる薬を投与したら一時的にも出るかもな。そんな薬あれば、だが。自主的な交代は無理だ。あいつは自分の無力を知って出て来やしないからな」

  ブン。

  刀を振って血を飛ばす。
  反射的にベンジーが撃ちそうになるが俺が押し留める。トロイは不敵な笑みを浮かべながら刀を鞘に戻した。
  「悪いが俺はストレンジャーと約束がある」
  「連中はどこに……」
  「自分で探せよ、兄貴。じゃあな」
  脇を通り過ぎて歩き去って行く。
  止める?
  止めようがないだろ、こいつは。
  強さはグリン・フィス並みだ。
  力ずくでは無理がある。
  「ボス、どうする」
  「ケリィのおっさんたちを待つ。それと……」
  「それと?」
  「埋葬してやらんとな、下の連中を」



  とりあえず俺とベンジーはトロイに切られた死体を引き摺って外に出た。
  もちろん死体は多いので俺たちだけでは対処できない。
  アンソニーたちも手伝ってくれている。
  特に俺たちに対しての不平や敵意はない。
  トロイとは完全に別行動だし同一の仲間とは捉えていないようだ。
  俺とベンジーは穴を掘る。
  「何やってんだ、お前ら」
  馴染んだ声。
  ケリィのおっさんだ。
  結局同道することにしたのか、Mr.クロウリーもいる。
  徒歩組が追いついたようだ。
  「よお、おっさん」
  「おじさんと呼べケリィおじさんと」
  「おっさん」
  「……まあいい。何してんだ、ここで」
  「墓穴掘ってる」
  「そうか家庭菜園でも始めるのかと思ったよ。で? 何だってこんなことを? ストレンジャー探しはどうなったんだよ。正確には、連中とつるんでるボルト至上主義者探しだが」
  「色々あるんだよ」
  トロイの向かった方向は結局分からない。
  すぐに飛び出したんだがどの方角にも見えなかった。遮蔽物があるかと言われれば、必ずしもそうではない。
  どんな足の速さだ、あいつ。
  問題はトロイはトロイで何かの能力を持っているような節があるってことだ。あいつ曰く、能力者ではないようだが。
  あのワープみたいな能力が高速移動の技なら近くにはいないのかもしれないな。
  「おやお知り合いですか?」
  アンソニーとグールズの2人が新たな死体を運んでくる。
  Mr.クロウリーが怪訝そうな顔をした。
  アンソニーが気になるのか?
  俺も見る。
  ……。
  ……なんだ、あれ?
  3人の後ろに2振りの剣が浮かんでいる。抜身だ。
  ベンジーが叫んだ。
  「あんたら逃げろっ!」
  それに応えるように血が噴き出し、小さな悲鳴を上げ、3人はその場に倒れた。
  な、何だっ!

  ブォン。

  その場に人影が浮かび上がる。
  廃墟からスーパーミュータントの死体を運び出そうと悪戦苦闘していたグールズたちが叫びながら廃墟に逃げて行った。
  懸命だ。
  俺たちの前に現れたのは……。
  「デスっ!」
  「おやおやキャピタルの辺鄙な連中にも僕の名が売れているとは光栄だね」
  「メガトンで会ったろうがっ!」
  「……? そうだっけ? 悪いけど覚えるに値しない雑魚は忘れることにしてるんだよ。……いや待て、ああ、そうか、トロイ絡みの奴だったか。思い出した。ピッチとか何とか」
  「ブッチ・デロリアだ」
  「どうでもいいよ、そんなの。……おやおや、1人やり損ねた。意外に反射神経いいね。まっ、君に用はない」
  アンソニー生きている。
  無事ってわけでもなさそうだが。
  這いずって廃墟の方に逃げていく。あれだけ動ければ問題ないだろ。廃墟から数人が出てきて引き摺って廃墟に消えた。
  俺たちは銃を構えた。
  「あー、空気読めなくて悪いのだが、ブッチ、話が分からんのだが……こいつは何だ?」
  「敵だ」
  4対1。
  グールズは当てになりそうもない。
  数の上ではこちらが上だがデスはレギュレーター3人を瞬時に叩きのめし、ベンジーとレディ・スコルピオンも叩きのめした猛者だ。
  さてさて、どうなるものか。
  「ぶっ放せっ!」
  一斉射撃。
  だがデスは動じない。
  剣を2振り使って弾丸を蹴散らしていく。4人の一斉射撃をだ。
  化け物かっ!
  「ふふふ」
  硝煙が晴れていく。
  五体満足なデスがいる。
  俺たちは弾倉を交換、再び構える。だが容易には撃てない。1方向からの射撃では無理だ、デスの真正面からでは無理そうだ。仲間たちはゆっくりと円を描くようにデスを包囲する。
  デタラメだろ、こいつ。
  「……はあ」
  ため息?
  ため息か、今の。
  息を整えているようにも感じた。
  腕振りすぎて疲れてるのか?
  「正直な話、僕の能力に感銘と感動を受けているんだろ?」
  「はあ?」
  全身をライダースーツのように物で覆い、顔もマスクを被っている。ベンジー曰く、中華製ステルスアーマーとか何とか。透明化する機能付き、らしい。
  実際さっき消えてた。
  剣以外はな。
  となるとあれは手持ちの物は消えないのか。
  デスは続ける。
  「僕は能力者、死神に力を与えられた。いやっ! 死神代行としてこの地上に舞い降りた、死神なのさ」
  「死神代行ねぇ」
  何となくオレンジ色の髪の男が思い浮かんだ。
  誰だ?
  誰かは知らん。
  「能力者ってそんなに珍しいものなのか?」
  ストレンジャー内には結構いるようだが。
  まあ、ピンキリなんだろうな、能力が。そうなるとこの野郎は随分恵まれた能力なんだろう。
  「珍しい? 珍しいだって?」
  「ごろごろしてるイメージだ」
  「カスみたいな能力者はいるさ、ボマーを含めてる」
  親玉の名前だった気が。
  「僕の能力はSilent Running、無音の移動術なのさ」
  「無音ね」
  確かに足音とは全くしなかった。
  それに透明化していたからまったく分からなかったよ。透明化できない剣を持っていなかったらな。
  ……。
  ……何だって透明化できない武器持って襲い掛かって来たんだ?
  俺たちを舐めてる?
  いや。
  俺たちを馬鹿にしてるんだろうな。
  この程度のハンデくれてやるぜ、みたいな。
  嫌な奴だ。
  俺たちの包囲は続いている。
  このまま撃てばさすがに勝てるだろ。
  だがまずはストレンジャー本隊の場所を聞き出すのが先だ。
  舎弟たちの仇は、その後だ。
  「もう一つの、これこそが僕が死神たる所以さ。Grim Reaper' Sprint、殺した相手の活力を奪い、自身の活力にする、ふふふ、これこそ死神の力だよっ! ボマーの能力などカスさっ!」
  「んなの興味ねぇよ」
  能力に優劣はあるらしい。
  だがそう考えると優等生ってデタラメに凄い能力なんだなぁ。
  視界に入る限り弾丸スロー、とか、任意で時間を止めるみたいな。
  あれ?
  あいつ最強じゃね?
  一回この死神気取りと戦わせてみたい気がする。グリン・フィスともな。死神の吠え面を見てみたいものだ。
  「本題に入ろう、僕は遊びに来たんじゃないのさ。トロイはどこだ」
  「あれ見ろよ」
  死体を指差す。
  さっきグールズが引っ張り出してきたスーパーミュータントの死体だ。
  「ミンチか。ふぅん。トロイはもうここにはいないのか」
  「そうなるな」
  「ボマーの居場所に向かったってわけだ。じゃあ僕もここで遊んでいるわけにはいかないね」
  「逃がすと思ってんのかよっ!」
  「逃げる? 面白い」

  ブォン。

  消えたっ!
  そしてわずか一呼吸の間に俺の目の前に現れた、剣を振りかぶった態勢で。
  やべぇっ!
  銃声。
  撃ったのは誰だ。
  デスは煩わしげに右手の剣を振る、金属音、弾丸を切り落としたのか。そしてそのまま左手の剣を投げた。それはおっさんの腹に吸い込まれた。
  「僕の邪魔をするからさ」
  「おっさんっ!」

  ブォン。

  再びデスは消える。
  
くそ、何で気付かなかったんだ、PIPBOYの索敵で近くにいるかどうか大体の位置が掴めるじゃねぇか。デスはいない、今度こそ去ったらしい。
  Mr.クロウリーが何かを注射する。
  スティムパックか。
  「おっさんは大丈夫なのか」
  「手持ちが少ない、出血が止まらん。応急処置はするが……そこの廃棄をの連中は医療品を持っているのか? だが輸血用の血液はなさそうだな」
  「ボス、調達するしかないな。あんた、どこかに当てはないのか」
  「デイブ共和国は近い。俺はあの野郎は嫌いだがケリィは懇意だ。……いや、待て、カンタベリー・コモンズに行け、そこは商人の街だ。Dr.ホフを連れて来い、もしくは医療品を持って来るんだ」
  「ベンジー行くぜ、バイクに乗れっ!」
  「おうっ!」